コラム

書籍『東アジアの医療過誤法』を出版して(弁護士岸本達司)

PDF版をダウンロード

このコラムでは、医療事故情報センターが毎月発行する機関紙「センターニュース」の2019年9月1日発行No.378 に掲載された弁護士岸本達司のエッセイを紹介いたします。

はじめに

2013年4月、患者側で医療過誤訴訟に取り組んでいる大阪の弁護士8名がアジア医事法制研究会(代表石川寛俊弁護士。以下、単に「研究会」という。)を立ち上げ、中国、台湾、韓国の医療過誤に関する法律・判例や医療紛争を解決するための制度を研究してきた。研究会では、中国、台湾、韓国をそれぞれ数回訪問して、現地の研究者、弁護士、裁判官、医師らにヒアリングをするなどして調査をするとともに、文献やデータを収集した。また、国内の医事法学者、東アジア法学者などの研究者とも意見交換を行い、有益な示唆を得ることができた。研究会は、これらの調査研究活動を取りまとめて、2019年5月、「東アジアの医療過誤法」(日本評論社)を出版した。小職も研究会の一員として、調査研究活動や執筆に携わったので、以下、本書について紹介する。

何故、東アジアの医療過誤法に着目したか

中国、台湾、韓国は、近時、目覚ましい経済発展を遂げるとともに、法制度の整備も着実に行われてきた。医療紛争については、中国、台湾、韓国ともに、被害を受けた患者側が医療機関や医師に対して実力行使をする事件が起こるなど、社会問題化し、深刻な状況にある。そのため、各国は、医療紛争を適正かつ円滑に解決するために、医療過誤に関する法律や医療紛争を解決のための制度等の改革に取り組んでいる。

医療紛争を取り巻く状況は、日本とは相当異なってはいるが、医療紛争を如何に迅速かつ適正に解決するかという課題や悩みは、共通する点が少なくない。

また、韓国と台湾の法制度は、日本と親近性があり、法解釈にあたっても、日本の最高裁判例や学説が参考にされるなど、法制度の基盤に共通点も多い。

したがって、中国、台湾、韓国の医療過誤に関する法律や医療紛争解決のための制度等の改革の取組みは、日本の法律や制度の改革を検討するうえで大いに参考にすべき点があると考えたのである。以下、中国、台湾、韓国の特徴をごく簡潔に紹介する。

中国の特徴

中国では、2010年に施行された侵権責任法(不法行為法)に医療過誤に特化した条文を設け、①法律、行政法規その他の診療規範に違反した場合、②診療記録の提供を拒絶・隠匿した場合、③診療記録を偽造・改ざんした場合については、医療機関側の過失を推定するという規定を置いている。このように過失を推定する場合の要件を明文で規定していることは注目に値する。

2017年に最高人民法院(最高裁)が制定した医療損害責任に関する司法解釈では、患者側が医療機関の過失、因果関係の証拠を提出できないときは、鑑定を申請することができると定めており、医療過誤訴訟では、ほぼ全件で鑑定が実施されている。その司法解釈は、鑑定においては、因果関係について、すべての原因100~91%、主要な原因90~61%、同等な原因60~41%、副次的な原因40~21%、軽微な原因20~1%と区分して寄与度を記述すると定めており、割合的な因果関係を前提として、寄与度に応じた賠償責任が認められている。

中国では、民事紛争全体において調停が重視されている。北京など一部の地域では、多数の専門医を擁する医療紛争専門の調停組織(医療糾紛人民調停委員会)が設置されている。この委員会では、調停事件を受理すると、医療記録を整理して、専門家の諮問を受けて、責任評価報告書が作成され、医学と法学の専門家が査定を行い、これらに基づいて、調停員が和解案を提示するプロセスで調停が実施されている。

台湾の特徴

台湾では、医療過誤が刑事事件として提起される事案が多く、不起訴となる件数を含めると、約80%が刑事事件として届出等がなされる。2015年の新受件数は、刑事訴訟が95件、民事訴訟が259件であるから、刑事事件として届出等がされた事案の多くが不起訴になっていることが分かる。それでも、民事事件の件数の3割を超える刑事事件が起訴され、刑事訴訟となっているのは驚異的である。このような状況は、「先刑後民」(刑事事件を先に行い、その後、民事手続をするという意味)などと呼ばれ、医療側は、刑事事件が多い状況は是正されるべきと強く主張している。

台湾では、裁判所または検察庁の委嘱により、「医事審議委員会」という行政機関に設置された常設の委員会が鑑定を実施している。この鑑定に要する費用は公費負担であり、患者に費用負担は発生しない。「医事審議委員会」の鑑定に対しては様々な問題点が指摘されているものの、公的な鑑定により医学的知見を訴訟に導入できるという点は、協力医を得ることが困難な患者の立場からすると有意義と評価できる。

台湾では、医療紛争を簡易迅速に解決することを目指し、医学的知見を導入して、調停(台湾では「調解」という。)を行う制度を拡充する試行的な取組みが活発に行われている。

韓国の特徴

韓国では、1999年から、消費者院による医療被害救済申請制度が実施されている。申請費用は無料である。被害救済が必要と判断された事例は、紛争調停局医療チームに移管され、担当者が事案を検討し、文献等の調査、専門家への諮問を経て、解決案を作成する。両当事者が合意に至った場合は、合意書が作成され、被害救済は終了する。合意が成立しなかった場合は、消費者紛争調停委員会の調停手続に移行する。

2012年には、調停仲裁院が創設された。患者側から調停仲裁院に申請があると(手数料は必要であるが、安価である。)、医療機関側が同意した場合に、調停手続が開始される(2016年施行の改正法により、死亡や重篤な障害が発生した場合は、同意は不要となった。)。調停手続では、医療事故鑑定団が事案の調査を実施して、鑑定書を作成し、裁判官を含む医療紛争調停委員会が鑑定書をもとに調停決定を下す。この調停決定に当事者双方が同意した場合に調停が成立する。

このように、高額の費用を要することなく、医学の専門的知見に基づいて話合いをすることができる制度があるというのは、患者側にとって有益である。

終わりに

以上に述べたとおり、中国、台湾、韓国では、医療紛争における鑑定や調停の制度が、日本とは相当異なっている。公的な鑑定が適正な結論を導いているとは限らず、様々な問題も孕んでいるであろうが、少なくとも、患者側が協力医を探す必要がなく、意見書の作成費用等の負担もほとんどないという点では、診療に疑問を持った患者側が医療過誤の調停や訴訟を提起するハードルは相当低いと思われる。また、調停段階において、責任の有無に関する医学的見解が提供され、その見解を前提に調停を実施することは、早期かつ適正に医療紛争を解決することに資すると考えられる。

何よりも見習うべきなのは、中国、台湾、韓国ともに、医療紛争に関する法律や制度の改革に積極的かつ大胆に取り組んでいることである。日本では、制度改革の機運は未だ緒に就いていないが、本書が日本における医療紛争に関する法制度改革の議論に少しでも役立つことを願っている。

弁護士 岸本 達司

***

コラム一覧

ご相談・ご予約

当事務所では、来所・メール・電話にて法律相談を承っております。

来所 メール・電話にて来所のご予約を承っております。

【メール】(info@shinsei-lo.gr.jp)
来所ご予約フォームはこちら
※3日以内のご回答を基本としていますが、出張等により遅れる場合がございます。

【電話】(06-6364-5668)
※会議等で弁護士が不在の場合もございます。
平日: 9時45分~19時30分
メール 「お名前」、「ご住所」、「電話番号」、「ご相談内容」をご記入いただき、お送りください。
info@shinsei-lo.gr.jp
または下記の法律相談メールフォームからご相談いただけます。

【受付時間】24時間
※3日以内のご回答を基本としていますが、出張等により遅れる場合がございます。
電話 弁護士中村真二が担当いたします。詳細はこちら

【受付時間】 平日: 9時45分~19時30分
※会議等で弁護士が不在の場合もございます。